[PR]
ご進物やお供え物に純米吟醸音楽酒「天音」はいかがですか?お酒の子守唄を聴かせて育てたプレミアムな地酒です。ご進物やお供え物に純米吟醸音楽酒「天音」はいかがですか?お酒の子守唄を聴かせて育てたプレミアムな地酒です。
The Color Wheel Clockでカラフルな時間を過ごしましょう。時刻に応じたグラデーションは、明るさから色相まで自由にカスタマイズできます。The Color Wheel Clockでカラフルな時間を過ごしましょう。時刻に応じたグラデーションは、明るさから色相まで自由にカスタマイズできます。
変幻美少女ぶっくす。#Booksでは、多くの自由文化作品を無料でお読みいただけます。全ての作品はCC BY 4.0またはCC0 1.0でライセンスされています。変幻美少女ぶっくす。#Booksでは、多くの自由文化作品を無料でお読みいただけます。全ての作品はCC BY 4.0またはCC0 1.0でライセンスされています。

icon of Amane Katagiri せんぱいと黒い羽毛と

/* この音声はVOICEPEAK 女性2で生成されており、CC BY 4.0でライセンスされていません。 */


机の引き出しに鍵を挿す。鍵を回す。揺れないようにそっと引く。八角形の黒いビスケット缶が、白いハンカチを下敷きにして真ん中に置かれている。息を止める。私はその缶を両手で挟むように少し持ち上げてから、ふと気配を感じて缶を置いた。ゆっくりと引き出しを奥に戻す。おそるおそる振り返る。誰もいない。部屋の扉を開ける。やっぱり誰もいない。誰もいない。

廊下に人の姿がない代わりに、談話室の方から賑やかな声が聞こえてくる。あの授業がつまらなかった、この先生が面白かった、あの後輩が生意気で、この先輩が麗しくて、あとはSNSがどうだった、とか。きっとユウコは、そんな列に混ざって消灯まで戻ってこないだろう。人の悪いところを見つけるのが得意な子。本当は私の同室にはふさわしくない。扉を閉める。常夜灯に落とす。

デスクマットに黒い缶を置く。八角形の蓋に描かれた花椿が正対するように右に回す。もう少し左に回す。初めのままでよかった。この缶も先輩にいただいたものだ。ずっと前に。坂の下のコンビニでは絶対に売っていないような、素朴で甘いビスケット。手のひらにころころ転がしてじっと見つめる。花椿のしなやかな線が浮き上がる。ひっくり返す。またじっと見つめる。

先輩は黒髪が素敵な方だった。機転が利いて、お手紙の字が丁寧で、お話がとっても面白い。去年まではこの黒い花椿に先輩とやり取りしたお手紙が何通も、何通も入っていた。お手紙をいただかなかった日は、数日前のお手紙から何ヶ月も前のお手紙を端から端まで読み返したものだ。蒸すような夏の熱帯夜に春の爽やかな空気を、冬がもう足元まで迫る秋の夕方に夏の蜃気楼を。

花椿の缶に手をかける。空気が抜けるように蓋が離れる。甘い。香ばしくて甘い。丁寧に詰められたビスケットを表から裏までまじまじ眺めて、そっと香りを楽しむ。それから先輩のお手紙を読む。最後に、紅茶に合わせて少しずつ食べる。一日に一枚ずつ、三時間かけて二ヶ月くらい向き合った。目を瞑るとしっかり焼かれた感触と香ばしい匂いが思い浮かんで、未だに緊張する。

先輩はあのビスケットとよく似ている。飾りっ気がなくて、しっかりと芯があって、それでいて嫌みったらしい主張の強さがない、穏やかでまっすぐなお方。つやのある真っ黒な缶に入っているのは先輩そのものだ。有名なサブレやらクッキーのようにわざとバターっぽい香りを押し出してこないのも愛おしい。先輩にはミルクの匂いは似合わない。先輩は誰のものにもならないから。

缶からすっかり外れた蓋をそっと横にずらす。わずかに残ったビスケットの香りが揺れる空気と一緒に漏れ出して、しかしすぐに錯覚だったと理解する。レジンに閉じ込めてキーホルダーに仕立てたら、この匂いも消えずに済んだだろうか。でも、分厚くて透明な膜で包まれたまま何も感じられなくなるなんて、消えてしまったのと同じだ。私が全部覚えているのと、何も変わらない。

先輩からは甘い匂いがする。きっとそうだったと思う。そう覚えている。私の頭に残っているのは、このビスケットと同じ匂いだ。廊下ですれ違った先輩に平静を装って一礼した日、中庭で横に並んで話した日、長期休暇に書き溜めたお手紙を手渡しあった日、意地悪なヨシエ先輩の前でお手紙を渡した日。ビスケットの匂いと一緒に読んだお手紙に綴られた日々のこと、全部覚えている。

缶をそっと覗き込む。息を止める。中はほとんど空っぽで、金色に塗られた壁が寂しそうに室内灯を反射する。その床のごく中心に、先輩が身を投げ出したまま転がっていた。急な山間を下る峠道をなぞった滑らかな曲線、沖合で飛沫を上げる白波のカーブを書き取った美しいライン、廃校舎の壁に沿って巻き付く蔦の力強さ。まっすぐな先輩とは違う、ありのままのもう一つの姿。

私はあの時の先輩の顔を忘れられない。憧れの先輩にその黒い羽根をいただくというのは、ずっと昔にこの学校にあった古い、それは古い文化で、誰もが知っているのに触れようとしない不思議なタブーだった。だから私がお手紙でそんな話を持ち出すなんて、先輩は夢にも思わなかったはずだ。どこかの芸能人がそんな話をしてバッシングを受けたと、ユウコが教室で騒いでいた。

あぁ、大好きな先輩の陰毛をもらうことの何が恥ずべきことか! この部屋が広すぎるだなんて、とんでもない! ユウコにそう詰め寄らずにいられたのは、ひとえに私の忍耐力のおかげだ。私はずっと、卒業していった先輩がくださったその羽毛に、ビスケットの甘い砂糖の香りと、控えめなバターの香りが付くのを待っている。光を当てないように、ぷつりと切れないように。

横にずらした蓋を同じ動きで缶の上に戻す。蓋を置く。空気が抜けてことり、と小さくぶつかった。私は大きく息を吐く。引き出しに敷かれたハンカチには、八角形の跡がくっきり残っていて、今日もまたその跡をなぞった。左に回す。それからもう少し右へ。これでいい。引き出しをそっと押し込んで、誰にも聞かれないように鍵を回す。消灯まではまだ時間がある。部屋は薄暗いままだ。

「読んだ」を押すと、あなたがボタンを押した事実を明示的に通知してこのページに戻ります。このページに戻ってからブラウザの「戻る」ボタンを押すと、何度か同じページが表示されることがあります。