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icon of Amane Katagiri 冷凍庫のひみつ

君島はサークルの後輩で、どちらかといえばお互い関わることのない――はっきり言うと苦手な――タイプだった。先輩後輩の隔てなく、そして男女の区別もなくしっかり媚びて、しっかり好かれて上手に生きる。一部の女子からは同じくらいしっかり嫌われているけど、陰口を叩かれるほどの悪事でもない。可愛い子が可愛い顔をしているだけ。でも、私にはできないな、と思う。

だから今日、そんな私が君島に誘われて一人で彼女の家を訪れることになったのは、おそらくただの偶然だろう。入れていた金曜四限の講義がいきなり休講になって、早めにサークル室に向かうことがなければ、君島だってわざわざ私に声をかけようとは思わなかったはずだ。

「お部屋に人を上げるの、新羽さんが初めてなんですよぅ。ちょっとだけ片づけたんですけどぉ、散らかっててごめんなさい」

「いやいや、全然綺麗じゃん。ウチもこれくらいだから大丈夫だよ」

「そうなんだ……じゃあ、よかったぁ。いま全部出しちゃうんで、適当に座っててくださいね!」

ダイニングキッチンには冷蔵庫のほかにもう一台冷凍庫――サイズはどちらも一人用だけど、上から下まで冷凍庫だ――があって、買ったばかりの保冷バッグを抱える私の横で、せっせと冷凍食品やジップロックに詰められた食材を取り出し始める。チェック模様に黒いレースが斜めに横切るティアードスカートの裾が、キッチンの床にぱさりと垂れた。襟に黒い刺繍の入ったエレガントなブラウスには、冷凍庫に残されたまま乾燥しきった霜の匂いは似合わない、と思う。

真ん中に鎮座する少し小さなダイニングテーブルが、端から順に冷え切った空気で包まれていく。

一時期ネットで割引キャンペーンが話題だった冷凍宅配弁当が何袋か。調味液に漬けたままカチカチに凍った豚肉。塩麹を塗りつけて並べた鶏肉。切り分けたネギや茹でた野菜が順番に重なっている。その後は、押し込むと少し柔らかいはちみつレモン。次のタッパーには、海藻っぽい緑色のものが氷漬けになっていた。ラップで包まれたウエハースがたくさん詰まっているのは……なんだろう。

「新羽さん、こういう手作りの冷凍食品って大丈夫でしたぁ?」

「あっ、うん。私はあんまり気にしないかな」

「よかったぁ。新羽さん、あたしのお茶を飲んだときも気にしてなかったから、平気だと思ってたんですよぉ」

「いや……そんな前のこと、よく覚えてるね」

サークル室の机に置かれたペットボトルのお茶を取り違えて私が飲んでしまった、というのはもう半年以上前のことだ。あの時は私が新しいお茶を買って返すことにして、自販機の前でしばらく話した気がする。手作りの冷凍食品を押し付ける理由が間接キスって、なんだか論理がかけ離れているような、少し納得できるような。

しかし、冷凍食品を好きなだけ引き取ってほしい、と言われて来たのは確かだけど、まさかここまでとは思わなかった。君島の家に向かう途中で「あっ、忘れてたぁ! 保冷バッグ持ってきてないですよね?」なんて聞かれて、わざわざ大きなトートバッグを買っていったのだ。

ひとしきり冷凍庫の中身が空になったようで、君島が最後に取り出した煮魚入りのジップロックをテーブルに置いてほっと息をつく。

「今日までに冷凍庫を空っぽにしなきゃいけなくてぇ、困ってたんです。新羽さんが来てくれて助かりましたぁ」

「え、引っ越しでもするの?」

「そうじゃないですよぅ。お部屋の点検で停電になっちゃうみたいで、食べ物が溶けちゃったらもったいなくてぇ」

君島が指差した冷凍庫のドアには、マンションの全館停電を知らせるお知らせがマグネットで貼られていた。日付は確かに明日からで、それでもせいぜい長くても三時間くらい。君島は一瞬で食材が常温に戻るとでも思い込んでいるみたいだけど、真夏ならまだしも、十二月になったばかりの寒い日なら放っておいても平気だろう。

「別に数時間くらいなら、冷凍庫に入れたままで大丈夫だと思うよ? むしろ変に出し入れしない方がいいかも」

「えー、そうなんだぁ! 新羽さんって物知りですねぇ。ママに相談したら誰かにあげなさいって言われたから、てっきり溶けちゃうと思ってましたぁ」

「これ、もう一回冷凍庫に戻した方がいい? 今なら間に合うと思うけど」

「でもでも、せっかく来てもらったのに悪いですよぅ。……あっ、そうだ! じゃあ、今からこれ使ってお夕食作るってのはどうですかぁ? 食べていきません?」

鶏肉と魚の袋を取り出して、どっちが好きですかなんて当たり前に聞かれると、なんとなく今日は鶏がいいかなと答えてしまう。うん、ネギは焼いてる方が好き――こういう子は人との距離の取り方がよく分かっていて、つまりそれは隙さえあればどこまでも詰めてくる、ということだ。

やっぱり私にはできないな、と思う。


「スーパーで安売りのお肉とか見かけるとすぐ買っちゃって、でも食べきれないからすぐ冷凍庫に貯めちゃっててぇ……だからぁ、一緒に食べてくれてほんとに助かります」

テーブルに並んだ塩麹のチキンソテーと、ほんのり焦げ目の付いた柔らかいネギ。横に並んだ温かなご飯と味噌汁は、冷凍食品の処理とは関係ないという意味では、むしろ付け合わせである。

意外にも、と付け加えると失礼なくらいには、フリルエプロン姿の君島は手際よく調理をこなした。

「じゃあ、サークルの人たちも誘ったらよかったのに。君島さんの手料理なら、きっとみんな喜ぶよ」

「えー! 手作りの冷凍食品なんて振る舞ったら引かれちゃいますよぅ。こんなのおばあちゃんみたいだって」

確かに、サークル室で男子に囲まれてきゃいきゃい騒いでちやほやされている君島は、クレープとパンケーキが主食だと言い張っていても変には思えない。実際、色々な男の子に代わる代わる誘われてパフェやパンケーキのお店に行っている、というのは女子の噂でもたまに聞いていた。

「男の子って、あたしのことおバカなお人形さんだと思って話してるんですよぅ。あたしがテキパキご飯なんて作ったら、びっくりしますよぉ。絶対ポテサラも作ったことないのにさぁ」

「そんなことないでしょ。みんな優しくしてくれてるだけじゃない?」

「違いますよぅ。可愛い服とスイーツあげたらあたしがめろめろになるって勘違いしてるんです。別にあたしは得するからいいけどぉ、やっぱムカつきません?」

少し語気が強くなる。ほんわかとして間延びした口調はそのままに、ここまで悪態をつく様子を見たら、サークルの男子たちは卒倒してしまいそうだ。とはいえ実際のところ、君島の意思を汲まないまま勝手なプレゼントや欲望に巻き込まれたのは一度や二度ではないのだろう。

一緒に暮らす相手なら、可愛くて料理もできるなんて素敵なことのはずだけど、ただのお姫様と遊ぶつもりならまた違うんだろうか。君島が穿ちすぎているような気もしつつ、サークル室で話す男子たちのちょっとしたアピールの小競り合いを思い出すと、彼らが求めているのはただのお人形だと思えなくもない。

それにしても、こんな姿を私に見せてもバラされないと信じられているのか、もはやバラされたってどうでもいいと思っているのかは分からない。モテモテで困ってますなんて愚痴、仲町あたりが聞いたら嫉妬でネガキャン祭りだろう。あんな格好が悪い、あんなしゃべり方が悪い、嫌なら来なきゃいい、なんなのあいつ……なんて。

それでも、なぜか君島の味方をしたくなってしまうのは、結局のところ彼女の術中に陥っているだけなのかもしれない。

……あっ、すみません。あたしの話ばっかりしちゃったぁ。こんなことナカちゃんさんとかに話しても、どうせ自慢でしょとか言われそうで、溜まっちゃってたんですよぅ」

「えっ、ナカちゃんって仲町のこと? やっぱり、君島さんもそう思う?」

畳みかけるように尋ねる私の顔を、君島はきょとんと見つめた。私の言葉が聞き取れなかったというわけではないようで、小さな笑い声を上げながら肩を振るわせて笑い始めた。

「ふふっ、ふふふっ……もしかして、新羽さんもそう思いましたぁ? そうですよねぇ、ナカちゃんさんって自分以外が目立つとすぐいらいらしますもん。やっぱりみんな、そう思ってるんだぁ」

「当たり前でしょ。みんな、君島さんみたいに目立たないように、お互い気を遣ってるんだよ」

「えーっ、新羽さんひどいですよぅ。だってあの人、沖縄旅行のお土産に私だけ海ぶどうくれたんですよぉ? 前に居酒屋さんで嫌いだって言ったのを覚えてて、わざわざ買ってくるとか、嫌がらせの熱意すごくないですかぁ?」

私はそうあっけらかんと言い放つ君島を見て、息ができなくなるくらいに笑いがこみ上げてきた。

仲町が君島を嫌っているのは周知の事実で、責められないくらいの小さな意地悪を続けているのもよく知っていたけど、まさかそんなあからさまな嫌がらせにも手を出していたなんて。しかも、当の君島は冷凍庫に押し込んでさらりと回避して、そんなの知る由もない仲町はこそこそ隠れてしたり顔をしている。そんな風刺画みたいな光景を思い浮かべると、急にただのコントに思えてくる。

「もー、面白くないですよぉ。あたし、おいものタルトの方が欲しかったのにぃ。ナカちゃんさん、ほーんと意地悪ですよねぇ」

「紅芋タルトくらい、アンテナショップ行けばすぐ買えるよ」

「えー、そうなんだぁ! じゃあ、明日一緒に行きましょうよぉ。あたし、月桃のフェイスマスクも欲しかったんです」

「明日? まぁ、予定はないけど……えっ、明日?」

「じゃあ今日は、泊まっていきますよねぇ? ナカちゃんさんの海ぶどうも、ぜひ食べていってください。きっと美味しいですよぉ」

君島がまた当たり前みたいにそう言って、冷凍庫から氷漬けのタッパーを取り出し始める。これだってもちろん、私にはできないな、と思う。


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