/* この作品は、2023年5月発行のバーチャルキャンディシリーズに収録されています。公式サイトから入手可能です。 */
家族5人で避暑地を過ごす(2023/08/20)
夏は4匹の家族を連れて避暑地に行くのが定番で、毎年宿選びには苦労している。愛犬や愛猫と一緒に宿泊できるオプションをアピールするホテルは最近では珍しいものではないが、私のようにロコスタル・フェリステルスと暮らしている身にはまだ不便なことが多い。それも4匹も、だ。
ロコスタル・フェリステルス、と格好つけて学名を書いてみたが、巷のペットショップではシャポーという名で親しまれている、割とメジャーな生き物だ。シャポーというのはフランス語で帽子という意味で、その昔、さる貴族と暮らしたロコスタルの名前が由来らしい。丸くてもふもふとした外見と、高く跳ねて人間の頭に乗る性質を見事に表した素敵な名前である。
我が家には「おもち」「あんこ」「ちょこ」「らむね」の4匹のシャポーがいる。3匹は名前から色を想像できるだろう。それぞれ、おもちは白、あんこは黒、ちょこは茶色の子だ。部屋の隅や柱の影に隠れるのを好むので、目立つ柄や色の個体は少ない。
では、らむねは? シャポーと暮らしたことのある友人でさえ、虹色の柔らかな毛で覆われたらむねを見るととても驚く。縁日で売られているカラーシャポーの毛色は染料で染めたもので、1ヶ月もすれば元の真っ白なシャポーに戻るからだ。しかし、らむねは1年以上経った今でも、頭から尻尾までの綺麗なグラデーションが残っている。他の子たちより尻尾が長く、物陰に身を潜める性質も弱いのを見ると、愛玩性を高めた珍しい品種なのかもしれない。
さて、旅行の話だった。もともとシャポーはおとなしい生き物で、時折小さな声でキュルキュルと鳴く程度で人に迷惑は掛けないし、むしろ癒やしを与える存在である。根気よくかれらの生態を説明すると、今回のように柔軟なホテルなら愛犬・愛猫プランとして受け入れてくれるからありがたい。
宿の近くの海水浴場でみんなを遊ばせることにした。私は日除けのパラソルを立てて荷物番である。人の少ない綺麗な砂浜で、4匹はめいめい自由に自然を楽しんでいた。砂の上を元気に跳ねて走り回るのはおもちで、その後ろではあんことちょこが砂を掘って穴に収まっている。体色に紛れる場所がなくて落ち着かないのだろう。らむねは砂が合わなかったのか、すぐに私の頭の上に戻ってきた。
夕食はもちろん5人で部屋食である。旬の素材をたっぷり使った豪華な会席料理を2人前用意してもらう。1人前は私が、もう1人前は4匹で分け合って食べるのだ。シャポーは一部の食材(代表的なのはパイナップルとキウイだ)を除けばほとんど何でもよく食べるから、家族みんなで同じものを食べる幸せを味わえる。
チェックアウトの時に、同じようにシャポーを連れた方と話す機会があった。らむねのような虹色ではなかったが、尻尾が長くてまるで犬のようにぶんぶんと振り回すのだ。シャポーが尻尾を振って感情表現できるとは知らなかった。らむねがそれを見てぎこちなく尻尾を振り始めたのは、旅の意外な収穫だったと言えるだろう。
(文・桐谷梨花1)
エコアート そらのこえを求めて(2023/05/20)
先日、同居人の誘いでミネラルショーに行ったところ、ある店でラジオが聴けるという不思議な鉱物を見せてもらった。ドイツ語っぽいラベルが貼られた古い革製の箱を開けると、脱脂綿のクッションの上で青紫色の輝きを放つ数センチほどの石が現れる。しかし均一に青いわけではなく、赤や黄色、あるいは緑色に輝く部分が入り乱れているのだ。虹色の石といえばオパールを思い浮かべると思うが、金属光沢のオパールといえばイメージが湧くかもしれない。
ラジオが聴ける、というのがどういう意味かはよく分からなかったが、その輝きに不思議な魅力を感じたので買ってみることにした。付属品として同封された透明なイヤホンもなかなかセンスがいい。もともと同居人の付き添いで来た私はまだ何も買っていなかったし、来場記念の品としてもちょうどよかったのだ。合流してから彼女にこの金属オパールを見せると、「綺麗な虹銅鉱だね」と言ってくれた。
虹銅鉱でラジオを聴く方法については、同居人も知らないようだった。調べてみると、このような天然の石で作るラジオのことを「鉱石ラジオ」というらしい。アンテナとイヤホンを繋げば、電池いらずでいくらでもラジオが聞こえてくるというのは、どうにも嘘っぽい作り話に見える。正直なところ、店主に騙されたのかもしれないと思ったが、「綺麗な標本を買えただけでもラッキーじゃない?」という彼女のフォローになんとなくムッとして、私は姿も分からぬ鉱石ラジオ作りを始めていた。
電気を使わずにラジオを楽しめるなら、こんなにエコなことはない。虹銅鉱を電池に見立てて、両耳に繋げたイヤホンのコードを接続してみる。当然だが何も聞こえない。きっとアンテナがないからだ。ラジオに使うアンテナは、せいぜいラジカセから伸びる銀色の棒くらいしか知らない。いくつか調べてみると、このような金属棒1本のアンテナや、棒を水平に2本伸ばしたタイプ(「アンテナ」の語源である昆虫の触角によく似ていた)とか、太めの針金を円形にまとめたタイプがあるらしい。
円形のアンテナなら、使い古しのハンガーを伸ばして整えれば作れるだろう。針金の端を机に押し付けて形を整える。廃材を使ってラジオを作るなんて、ますます環境にいい遊びである。途中から同居人も参戦して、あーでもないこーでもないと言いながら手作りの鉱石ラジオが完成する。夢中になって作業しているうちに、辺りはすっかり夜に包まれていた。
屋上へ向かう。都会のど真ん中にあるマンションの周囲は、こんな深夜でも看板や街灯が輝いていてまだまだ明るい。イヤホンを片耳ずつ分け合って、アンテナとラップの芯に巻き付けた導線を虹銅鉱に接続すると、徐々に声が聞こえ始めた。数人が一斉に日本語とも英語ともつかない(フランス語でもなさそうだ)声で楽しげに話している。混信しているのかと思ってアンテナを調整すると、突然ぷつりと声が途切れてその日は何も聞こえなくなってしまった。
あの日聞こえた番組は、結局今でも分からずじまいだ。
(文・桐谷梨花1)
思い出のクラフトコーラをつくる(2022/11/20)
スパイス強めの自家製手作り風清涼飲料――いわゆるクラフトコーラが日本で流行り始めたのは、2018年頃だったと記憶している。伊良コーラがキッチンカーでオリジナルコーラを売り始めたのがそのくらいだ。それから全国でブームの最盛期を迎えたのは2020年頃で、ちょうど私も近所の喫茶店で店主自身が仕込んだというクラフトコーラを飲む機会があった。
それが私の初クラフトコーラだったこともあり、味はよく記憶に残っている。いわゆるコーラの香りに、ショウガやシナモンの風味、デデンに似た柑橘の味(店主が高知出身なので思い込みかもしれない)の主張が強い。当時は特段クラフトコーラに興味はなかったのだが、原稿が行き詰まると気分転換によく通う店で、顔なじみの私は新商品の実験台にされていたのだ。そういえば、あれからレギュラーメニューとして出ていた記憶はない。冗談のつもりで「コカ・コーラのオレンジフレーバーを思い出しますね」と言ったのが悪かったのかもしれない。
あれから数年が過ぎ、先日ふとこのクラフトコーラをまた飲んでみたくなった。同居人が買ってきたクラフトコーラの味があまりに酷かったからだ。大手飲料メーカーが作るペットボトル詰めのコーラは、もちろん「クラフト」とは名ばかりの、味がのっぺりとした大量生産品である。こだわりのない無難なスパイス選びに、口に残る合成甘味料のしつこさのダブルパンチ。そんなドリンクを平気な顔で美味しいと言って飲み続ける同居人を驚かせようと、あの喫茶店のクラフトコーラを再現してみることにした。
シナモンスティック2本に、カルダモンとクローブを10粒くらい。それから、記憶を頼りにショウガを数枚スライスして鍋に放り込んでみる。調べてみると、アニスとバニラビーンズも少し入れるといいらしい。確かにあのクラフトコーラにも、甘さというか爽やかさというか、そんな風味があった気がする。砂糖の甘みは強すぎてスパイスの香りを弱めるので、やさしいアガベシロップを使うといいだろう。
完成品を少し味見してみる。記憶より酸味と刺激が少ない気がする。刺激を足すにはブラックペッパーかジュニパーベリーがいいらしい。そして、致命的にも柑橘を入れるのを忘れていた。デデンの旬は冬から春で今はどうも手に入らないので、丸搾りのジュースで我慢することに。材料が揃ったところでもう一度作り直してみると、かなり記憶に近い匂いと味に仕上がった。やはりあれはデデンだったのだ。
これなら味にこだわりのない同居人も喜ぶだろう、とお気に入りのグラスにスライスレモンを立てて渾身のクラフトコーラを差し出してみる。
彼女は何度か味見すると、満面の笑みで「オレンジ味のペプシみたいで美味しいね! どうやって作ったの?」と言ってグラスを置いた。そして、私の答えを待たずにゴクゴクと渾身のクラフトコーラを飲み干してしまったのだった。
(文・桐谷梨花1)